チャロナラン
Calonarang
チャロナランは、 11世紀にバリのウダヤナ国王が、 東のジャワのアイルランガ王国の王女 マヘンドラッタと結婚したが、 彼女が黒魔術を学んでいた事を知り、 ギラーの森に追放した。 という史実を参考に創作されたといわれている。
デワ アグン サクティが クルンクン王朝の 当主であった1825年頃、 ギアニャール地方で創作された。
黒魔術イルム ヒタムと白魔術イルム プティをテーマにしてあり、 死者の寺プラ ダレムでのオダランの際、満月の日やカジェン クリウォンの日を選んで上演されることが多い
上演の際は墓場の近くなどの隅に、 竹で作った高いサンガーを一時的に建てて用意しておく。 これは、悪魔レアック役に化す踊り手の精神集中に使われる。 またステージには、クプーの木のシンボルとして パパイヤの木を備え付ける。
クディリ王国にあるギラー村の森の中に、 未亡人のチャロナランと彼女の美しい娘 ラトナ ムンガリが住んでいた。
チャロナランは娘がアイルランガの王族と結婚することを 望んでいだ。 しかし娘の美しさにもかかわらず、 母の持つ強い黒魔術の能力を恐れて 婚礼を望む王子はひとりも来なかった。
腹を立てたチャロナランは、 魔女ドゥルガに供物を捧げて黒魔術を使う。 そして王国を退廃させ、破壊するために手下の 悪魔チュルルックを送り疫病を流行らせた。
アイルランガ国王は疫病の原因を知り 祭司のムプ バラタに介入を嘆願した。
司祭は、チャロナランの魔術の秘密を探る目的で、 彼の息子ブラフラを婿として送る。
何も知らないチャロナランは、娘の幸せを喜び、 全ての病人を治して、死者も生き返らせた。
だがある日ブラフラは、義母チャロナランの黒魔術が書かれた ロンタールを見つける。 彼はそのロンタールを、父親のもとに運びこんだ。 チャロナランはブラフラが別の目的で娘と結婚したことを知り 激怒して、戦いを宣言した。
戦いは激しく、チャロナランは弟子のシシオを参戦させて 戦うが、最後はムプ バラタがチャロナランを征服する。
チャロナランは死ぬ前に、容赦を求める。 ムプ バラタは彼女の罪を許し、 そして彼女は天国に入ることを許される。
しかし、実際のチャロナラン劇では、戦いのシーンで、 善の象徴である聖獣バロンが登場し チャロナランは悪の象徴ランダ(=古代カウィ語で未亡人) と化し、終わりのない戦いを始めるのである。
他にもいろいろな話があり、 アイルランガ国王が結婚していたのがラトナ ムンガリで、 妻がチャロナランの娘だと知って離婚したがったという説や 、ラトナ ムンガリは、母が殺されるのは解っていたが ロンタールを夫に
渡したという説などもよく言われる。
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